みんなのスペクトル観測

 最近すっかり放置プレイのこの日記です。夜になると嫌がらせのように曇ってくる天気と野暮用の所為。
 で、この間から取り出したスカテレをめくってたのですが、大した記事がありません。一つ面白かったのが、スペクトル観測の紹介記事です。訳してみました。スカテレ編集部の皆さん、著作権の問題があったら言ってね。


安価な道具を使い簡単に近くは惑星から遠くは遠いクェーサーまで何でもスペクトルが得られる。
光害地の裏庭にある90mm望遠鏡での天王星の大気のメタン検出。又はどうやって安いセキュリティカメラで20億光年彼方のクェーサー赤方偏移を捉え、宇宙の膨張の直接の証拠を見るようになったのか?簡単なビデオカメラでさえ彗星に向け、生命の材料となる有機分子のスペクトルを得られるとしたら?スゴイでしょ?これから私の経験をお話しします。ここ数年沢山のアマチュアが観測や撮像の新たな方法を開発しています。
 スペクトル観測は天文学的には主要な観測手段でしたが、最近までは多くのアマチュアにとっては費用もかかり取っ付きにくいものでした。しかし今は違います。簡単な機器や使いやすいソフトウェアが使え、より簡単にスペクトル観測が始められるようになっています。場合によっては天体写真より簡単です。なぜなら人間の目による審美的クオリティが求められる天体写真とは違い、それが計量的なものだからです。でも勘違いしないでくださいよ。スペクトル観測は天体画像と同じように我々を虜にするのです。
 私はスペクトル観測により、天文学的理解を大いに深まりました。それまで理論的な知識は通り一辺倒なものでした。でもスペクトル観測を始めた後は文献を読むときはみっちりと読むようになり、理解だって深まったのです。
 スペクトル観測を始めることは驚くほど簡単です。特にあなたが既にカメラを持っていたらなおさらです。デジタル一眼、ビデオカメラ、ウェブカメラ、それに勿論冷却CCDを使ってアマチュアの皆さんが良質の結果を出しています。新たに必要なのは光を、しばしば本で見るような虹のようなスペクトルに分解する安い回折格子だけです。本稿で述べているような低分散スペクトルを得られる回折格子は180ドルほどです。
 もしあなたが市街地に住んでいたら、天体写真とは違いスペクトル観測が光害に対してとても寛容なことを知って喜ぶことでしょう。例えばアマチュアCCD撮影とスペクトル観測者の一人であるクリスチャン・バイルはフランスの光害地の自宅から素晴らしい成果をものにしています。
 光害の原因となる光は可視域のスペクトルの決まった波長で発生します。光害フィルターとはその特定の波長をカットし、必要な波長だけを通すことにより人工の光を排除するのです。光学系の解像力により光を波長により分解し、光害を軽減し、天体の特徴を分かりやすくしてくれるのです。
 スペクトル観測のもう一つに利点は観測技術の習得を、とても簡単な対象、例えばベガのような輝星で出来る点です。あなたが最初に分光器で得たもの、すなわちあなたが写した最初の天体のスペクトルは、後にプロファイルグラフを作る為に分析します。明るい天体なら最新のソフトを使ってリアルタイムにスペクトルとグラフを同時に作ることが出来ます。さらにすごいことにリアルタイムにスペクトルの特徴、例えば恒星の大気による水素の吸収線による窪みも見ることが出来、ピント合わせやベストな結果を得るための調整も行うことも簡単に出来ます。
 低分散スペクトル観測による興味深い天体はたくさんあります。例えば天王星の大気の検出は簡単です。下の図*1を見て下さい。大気中のメタンが太陽光を吸収することによる深い吸収線がプロファイルグラフの広い波長に渡って見られます。反射された太陽光は高い反射率を示すプロファイルの左側、橋の方にある青緑の部分が見えます。このパターンが何故天王星が青緑色見えるのかの理由、すなわち太陽光の大部分の赤い光がメタンの吸収により失われるということなのです。70ページ冒頭の土星状星雲のスペクトル*2には光害にも関わらず有意なスペクトルデータが認められます。これは典型的な発光星雲のスペクトルです。明るい輝線は中心星からの放射により励起されたイオン化したガスによるものです。これらの輝線は非常に特定の波長に現れるのでたとえ他の波長にひどい光害の下でも確認することが出来ます。
 私の好きな低分散スペクトルの例は(ページの)左中央*3おとめ座にある13等級のクエーサー3C273です。これはロビン・ビーターが撮りました。改造した低照度カメラと9インチ望遠鏡を使い、30秒露出を40回重ねて得たものです。クエーサーの水素の輝線は約16%スペクトルの赤い方にシフトしています。これは宇宙が膨張しているためクエーサーの光が「引き伸ばされた」ためです。簡単な計算によりこの赤方偏移による距離は20億光年に相当する。裏庭の機材でこのような距離が計測できるのは驚くべきことです!
 変光星観測においては測光観測者との連携するのには絶好の機会です。例えばアマチュアは新星の同定に低分散スペクトルを使います。ある型の新星はスペクトルの赤い部分に鉄と水素による顕著な輝線が現れるのです。一方別の方の新星の場合青い部分に様々な構造が現れ、残りの部分は一見無構造です。
 超新星もまた新星のように型を決定できる特有のスペクトル構造を持っています。毎年数個現れる14等以上の超新星はアマチュアの持つ普通の望遠鏡でスペクトルが撮られています。
 これまで述べたスペクトル観測は安価でスリットのないスペクトログラフで行うことが出来ます。でももしあなたがスペクトル観測の「虜」になり、もっと極めたいと思ったら高分散スペクトル装置も利用できます。ヨーロッパのアマチュアたちはこの分野で沢山の先進的な仕事をしてきました。スリット付きの高分散スペクトル装置は、例えば土星の輪の回転速度の測定、恒星の視線速度、それに分光連星や系外惑星の検出等も行うことが出来ます。
 特に重要な高分散観測はプロとアマが連携したBe星の観測です。輝線(通常水素バルマー線)を伴う高温のB型星があります。あるBe星のスペクトルは数時間から何年もの周期で変化することも可能です。科学者はその変化の理由や実際の構造や特徴或いは輝線を原因となる恒星を取り巻くディスクについて全てを理解している訳ではありません。アマチュアはプロの研究者と共に様々なタイムスケールでBe星のスペクトルの変動をモニターし、パリ・ムードン天文台の国際的なデータベースに結果を報告するのです。
 撮像と同様にスペクトル観測を上手く行う上で適切な後処理が必要です。私がスペクトル観測を始めた頃は(スペクトル)画像からプロファイルグラフに簡単に変換してくれるソフトはありませんでした。しょうが無いのでRSpecと言うプログラムを自分で書いたのです。写真からのプロファイルグラフ生成に加えビデオカメラからリアルタイムでプロファイルを生成することも出来ます。観測者や教育者それに一般普及用に広く使われています。
 本稿を終えるに当たってフランス、オート・プロバンス天文台(OHP)で毎年8月に開かれるスペクトル観測者の集会に触れない訳にはいかないでしょう。この集会には世界中から多くのアマチュアがスターパーティーやワークショップに集まります。夜は観測、昼間は講演やスペクトルの実習があります。OHPでは初心者からベテランまでどんなレベルのアマチュアも歓迎ですし、2010年の集会では私も物凄く沢山の事を学びました。私と家内は暖かく歓迎され、そこには言葉の壁なんて全然有りませんでした。私たちは今年も参加するつもりです(同時にフランスの田園の探検だってします)。もしあなたがスペクトル観測に興味を持ったら、OHPは「必ず参加」するべきものです。決して後悔はしません。
 びっくりするくらい簡単に始められるスペクトル観測。最小の投資で意義深く且つ注目すべき結果が得られます。私は皆さんに飛び込んでみるよう是非お勧めしたいです。そうしたらあなたもスペクトル観測がチャレンジングで見返りの大きいものだと分かるでしょう。あなたの理解と天体物理学の知識は飛躍的に高まる事請け合いです。

筆者はアメリカのトム・フィールドさん。この間meinekoさんの日記(id:meineko:20110623)にコメントを寄せておられた方。頭の構造がシンプルな私はこれ読んですっかりその気になっています。(^^;

*1:天王星のスペクトルがあるのです

*2:同じく土星状星雲のスペクトルです

*3:これまた3C273のスペクトルです