村上春樹訳「Using Autostar 2 to find object not in the libraries」

今までLX200金角大王は部屋のPCから望遠鏡脇のPCを通して接続していました。しかし現在その望遠鏡脇のPCとの接続ができないのでLX200はハンドコントローラーから操作しなくてはいけません。面倒臭。LX200のハンドコントローラーのオートスター2は沢山の天体がメニューに入っています。GCVSも。それはそれで良いのですが、私としてはやはり赤経赤緯を指定して導入出来ないと困ります。新しいASASSNとか困りますもんね。昔やった記憶が有るのですが、思い出せません。マニュアルを見ても書いてありません。何処かで見たよなぁ、と英文マニュアルの方も探してみました。するとちゃんと書いてありました。Using Autostar 2 to find object not in the librariesです。
で、有難いことに今年もノーベル賞を逃した村上春樹さんが翻訳して下さいました。

オートスター2でライブラリー以外の天体を探すには(或いはエニセイ川で夕日を沈ませる3つの方法 )

僕は何時ものようにフィガロの結婚序曲を口笛で吹きながらオートスター2でASASSN-13atを探そうとしていた。
「あなたは何時もそうなの。いつも何かを探しているのよ。」と妻が冷えたハイネケンの瓶を持ってイライラしながら言った。
「何時も?」
「そうよ、何時も。アリゾナの砂漠で道に迷ったときだって、シベリアで凍えそうになった時だって何時も何か探してたわ。」
やれやれ。こんな時彼女は今この場所にはいない。今彼女は1996年7月の灼けつくアリゾナでエアコンの効きの悪いランドローバーに悪態をついてるし、2007年2月の凍てついたエニセイ川を走る雪上車のハンドルを千切れるくらい回しているのだ。或いは本当にそうかもなのかもしれない。僕はアリゾナでコカコーラの自動販売機を探し、シベリアで肉まんを売っているセブンイレブンを探していたのかもしれない。けどきっとそうじゃないと思う。誰だって砂漠にコカコーラの自動販売機が無いことは知っているし、シベリアで肉まんを売っているなんて考えたりはしない。それはミツバチがビルの看板に描かれた花に蜜がないのを知っているのと同じくらい当たり前のことだ。世界はそんな風にできているんだ。
「あなたが探しているのはこれよ。」
と彼女はハイネケンを飲み干すとおもむろに背筋を伸ばした。
「まずMODEボタンを2秒押すの。1秒じゃだめ。必ず2秒以上押すのよ。すると「RA Dec」が表示されるわ。」
おいおい、どうなっているんだ?なぜ彼女がオートスター2でライブラリー以外から天体を探す方法を知っているんだ?でも今の僕にはその疑問を彼女にぶつけることはすごく不自然な気がした。そう、朝が来たら鳥がさえずり出すように、春になれば雪が溶けるようにそれは当たり前のことなんだ。きっとそうだ。世界はそんな風にできているんだ。
「今度はGOTOボタンを押しなさい。Object Positionが表示されるから。そこにあなたの探したい星の赤経赤緯を入力するのよ。そうしたらLX200はあなたの星に向かって駆け出すわ。いいこと!?それ以上触ってはいけない。たとえ世界が終わっても。」
「たとえ世界が終わっても・・・。」僕は言われたとおりにASASSN-13atの座標を入力してみた。そこには赤い18 21 22.5 +61 47 23という数字がエニセイ川に沈む夕日のようにように表示されていた。そして望遠鏡は悲鳴を上げながら向きを変え、そして止まった。その先は言われなくても分かる。アイピースを覗けばそこにASASSN-13atが光っているんだ。それは決められたことなんだ。
「わかった?これがあなたの探していることなの。忘れないようにユーザーメーニューに登録しておいて!」
「ユーザーメニューに登録」と繰り返した。でも僕には分かっている。きっとすぐに忘れてしまい、明日の今頃にはきっと妻を苛つかせているだろう。きっとそうだ。世界はそんな風にできているんだ。